ポケットのなかは暗くて、帽子がみつからない RSSフィード

死体 性病は偽装している。まるで生きているかのように。
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2007-10-23

悪の系譜・序論 21:03 悪の系譜・序論 - ポケットのなかは暗くて、帽子がみつからない を含むブックマーク

「悪党にだって系譜はある」

「それも今じゃおとぎ話さ」

http://d.hatena.ne.jp/./akio71/20071023#p1

http://www.kotono8.com/./2004/06/27chikamatsu.html


悪はその昔、public enemyでした。

勧善懲悪式にみせしめとしてのみの存在だった悪が、社会の逸脱者としてキャラクターを得、封建社会の宿命に立ち向かうpublic enemyへと変遷していく。その過程は近代的自我の成立とほぼ重ねることが可能です。

すなわち悪とは、宿命を打ち破る者。そのためにいかなるも厭わない者だったといえます。


悪があんまりカッコよくなるもんだから、善はその拠って立つ瀬を失います。

しかして、善から主体性がなくなります。

言い換えると善はバランスを和する者となりました。相互関係において最大多数の最大多数の幸福を目指すことで、悪をも包括する段に着地を目指します。そのとき、善は経済と身を一にします。

ここで便宜上、悪の上位に最大多数に敵する絶対者が置かれるようになります。

(ここまで『ダイの大冒険』に当てはめて考えると想像しやすいかと思います。)


ところが困ったことに、経済となった善はキャラが立ってくれません。とりこんだはずの悪のほうが、人間っぽいとキャラが立ってしまう始末です。

そこで苦肉の策として善が考えたのが、絶対者となった上で最大多数の最大幸福を目指すというものでした。善はもはやセカイです。

最初は人間性に未練があって、絶対者役は他人に預けていた善ですが、だんだん調子乗った善は全能を自分で使いはじめます。

こうなっちゃったらもう、善は宿命へと成り代わりはじめます。


善は次にどこを目指すのでしょうか?

メタにアーキテクチャをコントロールしてシステム的には世界大平和だぜ、とか言い始めるのでしょうか。

また、とりこまれてしまった悪は善を裏切ったりしないのでしょうか。だって悪はいつだって宿命に立ち向かう者なのですから


虚構は現実にヒントを得ますが、現実もまた虚構に似たものです。

ロールモデル of イマジネーション。

想像力の射程距離がどこまでかよく見える断片に割れた世に在りて、悪だって善だってどんなどんな架空のキャラクターだって、ロールモデル。

どんな偽者が君に似てる?どんな偽者に君はなりたい?



とかなんとか。

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