ポケットのなかは暗くて、帽子がみつからない RSSフィード

死体 性病は偽装している。まるで生きているかのように。
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2007-06-28

「個」がなければ断片をジグソーして見た目「個」っぽくすればいいじゃない(マリー・アンリーチャネット) 05:01 「個」がなければ断片をジグソーして見た目「個」っぽくすればいいじゃない(マリー・アンリーチャネット) - ポケットのなかは暗くて、帽子がみつからない を含むブックマーク

話題の拡散が早いので先張りで、かつて存在したことのない性病のエントリを翻訳しておく。


ナオヤはなくとも、「個」は育つ。


断片化していく社会で"信頼性"が失われる話に水を差す。

失われるのは"信頼性"のうちの、正しさという一面でしかない。

「この人が言ってるなら正しいだろう」という肯定。預けっぱなしの目線の肯定。


むしろ「個」は出てくる。もっと出てくる。

「この人の物の見方が好きだ」というふうに。目線に目線で割って入る。目線の二次創作。(ここちょい曖昧。要検討)

判断を共有はしない。目線を共有する。目線が、観測行為が、「個」となる。(cf:ゴリラブーツさんとか)


「私はこれを見てこう判断した、を表現すること」が、ニーテンゼロ年代のブログカ。判断主義。

しかし判断する「個」は、かつての「個」。

ポストゼロ年代の「個」は黙ったままじーっと見つめる「個」。観測する「個」。やがてどもりながら呟きだす「個」。正しそうにないことを。


だってだってそうじゃなきゃ、セルフプロデュースうまいもん勝ちじゃないですか。そんなセルフはソーシャルに行け(声の出演:北方先生(東方が不敗なら、北方は蹂躙だぜ))残せ。俺が伸びていけるニッチを残せ。死体性病は「それっぽいことを言ってるのだが、まじめに読むとさっぱり意味わからん」ブロガーになるのが、夢です。そのために今、それっぽいことを言うてるのです。的を外さんと欲すれば、まず的を射るべし。

自己顕示したい自分を偽造するために、自己満足を衆目の視線に割り込ませるのがblogger。

俺の目を見ろ。

おまえが映っているだろう。

俺を信じるな。

俺の目に映るおまえに騙されちまえ。


このウェブ観が正しいかはどうでもいいですが、このウェブ観から何かが見えたら、見えたものを見栄をはって見せてください。






というのを「場」と「個」に絡めて語りたいのだけど、それはまた、別の存在したことのないエントリ。

sfllsfll2007/06/29 12:38タイトル修正。本来の論旨を著しく誤解している気がしますが、まあそれはいつものことでしょう。

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